(後編)
          5
 
「――でね、王子けっこう力あるんだよね。でも性格と同じでどこか不器用なんだよ」
 クスクスと思い出し笑いして語るボクに微笑んで、そうか、とゲイル兄さんは相づちをうった。
 いつも寝る前に、兄さんが船室に訪れて、今日何かあったのか、ボクが報告するようになっていた。
「ボクが手伝うといやがってたのに最近では手をかしてくれないか、って照れくさそうにいってくれるようになったんだよ。ちょっとは心を開いてくれるようになったのかな?
 いまではカイも加わって三人で何かをすることが多いの」
 王子は最近、笑顔をたくさん見せるようになった。
 あの、人を不思議と惹きつける笑顔はめったにいないとおもう。
 王子と数日間行動してわかったことはそれだった。王子は生まれながらにして人を惹きつける何かをもってる。――一緒にいて心地良いんだもん。
「今日は王子と呼ぶなっていわれてね、なんて呼べばいいの? ってたずねたら、小声でフィス、だって。けっこう照れ屋さんなんだよね」
「ラルスは洞察力どうさつりょくがいいからな」
 ゲイル兄さんはそういい苦笑する。
「フィス王子は人とどう接すればいいのからないところがる。俺が初めて王子にであったときはもっと酷かったぞ?」
「え?」
「王子は人見知りが激しかった。境遇きょうぐうが境遇だけにな」
 兄さんの瞳がどこか懐かしげに揺れた。
「兄さんは、いつから王子…フィスと知り合いだったの?」
 王子は兄さんのことをものすごく敬愛けいあいしている。船で初めてあった時もそうだった。
 ボクを奴隷どれいあつかいして、兄さんに怒られたときの王子……フィスの憧れと敬意に含んだ眼差しを思い出す。
「ディパニから王子を密かにリーリアにお連れし護衛の命を仰せつかったときだ。一年ぐらいそばにいた」
「ディパニ国? あの大国の?」
 ディパニ国はリーリア国の隣国だ。
 西国ラスリアのなかでは広い領土を有し、新大陸のアンナ・ルワまで版図を広げている。
 軍事力も巨大で、中央大陸ナアトリアを支配するカリトラ・シャーラ帝国にも匹敵する、と噂するけど。
「どうして王子がディパニ国にいたの?」
「王子はリーリア国王とディパニ国の姫との子で、五歳までディパニで暮らしていた」
「え? ちょっとまってよ! フィスはハーフだってこと?」
「なんだ、ラルスはしらなかったのか?」
 ゲイル兄さんは意外そうな顔をした。ボクはコクコク頷く。
「むかし、現ディパニ国王の即位式によばれたリーリア王は戴冠式までお忍びでディパニの城下街に出ていた。そこで同じくお忍びで街にいたディパニ国姫と運命的な出逢いをして瞬く間に恋におちた。
 戴冠式の時にお互いの正体を知ったらしい。 身分的に王と姫は釣り合うし両国の安寧をもたらす婚姻だが、しかしリーリア王にはすでに王妃はいたし三人の息子がいた。知っての通りリーリア国は一妻一夫制だ。
 姫は王との結婚はつよく望みはしなかった。望めば王が今まで築いてきた家庭を壊すことになる。そう慮っおもんぱかて。
 けれどそうはいかなくなってしまった。
 姫のお腹には王の子供が宿っていたんだ」
「それがフィス?」
 ゲイル兄さんは頷く。
「ああ。リーリア王はそれをしってことあるごとにディパニに赴いて姫と逢っていた。王にとっても政略きめられた王妃よりも姫がとても愛しかったらしい。数年後リーリア王妃が病にかかって死に、王は喪が明けてすぐに姫を迎え王妃にした」
「はいはーい!」
 ボクは手を挙げて質問した。
「それってすごーく王位継承とかかかわってきたりしない? だって王には前妃さまとの子供が何人もいたんでしょ? ディパニ国姫が妃になっちゃったらフィスが王位継承権一位になっちゃうよ!」
「ありえない」
「どうして?」
「王子はリーリア国の純血ではないからな」
「え?」
「王典には純血のリーリア人が王になることを定められているし、王は王太子にご長男のファリオナ王子と定められたからだ。しかしファリオナ王太子以外の王子は暗殺されている。王宮にのこる王子はファリオナ王太子とフィスリア王子の二人だけだ。それにフィス王子が王太子になると問題が起きる」
「どんな?」
「現在、ディパニ国王には御子はいない。一人息子だったために兄弟に王位を継がせることができない、ディパニの王位継承権をもってるのがフィス王子だけなんだ。もしこのまま後継者が生まれなかったら自動的にフィス王子がディパニ王太子になる。そしてファリオナ王太子も亡くなればいずれ両国の王となり、そしてそうなったらフィス王子は国を統べるためにリーリアを併合へいごうすることになる」
 ボクはハッと気づいた。
 フィスが王になったら困る人がたくさんいる。
 ――事実上祖国リーリアがなくなることになるのだから。
 そうなることを危惧きぐする者が阻止しようと動く。
「だから王子は暗殺…!」
「シッ…、声が大きい」
「でも、王子を一人にさせておいていいの!」
 不安な眼差しでゲイル兄さんを見つめる。
 ゲイル兄さんは、いいんだ、という。
「一人、船室にいられるより皆がいた方が安全だ。それに信頼できる士官に王子の警護は任せてあるし、誰が暗殺に荷担しているのか知りたい」
「王子はおとりなの? 犯人をあぶり出すための」
 兄さんはため息をついて天上を仰いだ。
「本当は船乗りたちを疑いたくはないんだが、王子の命が優先だからな」
「ゲイル兄さん……」
「王子は俺にとってお前たちと同じようにかけがいない家族、弟だとおもっている」
「家族、弟……か」
 ふと、寂しさが心を撫でた。
 ボクは兄さんが好きだ。兄妹とかじゃなくてなんというか……男の人として。
 でも兄さんが妹としか思ってくれない以上この想いは報われない。
「ねえ、ボクは兄さんが…大好きだよ」
 そういってもゲイル兄さんは〈家族としての好き〉としかとってくれない。
 突然、何をいいだすのか、という驚いた表情をうかべて、苦笑した。
「……俺も好きだよ。さぁ、もうおそい。お休み」
 やさしく頬をなぜて寝台ベットにうながす。
「おやすみなさい、兄さん」
 いつも、部屋をでていくとき、額か頬にかるいキスを残して兄さんはでていく。ボクはちょっとそれが楽しみでもあり幸せな時でもあった。
 寝台にもぐり、〈おやすみのキス〉を楽しみに軽く目を閉じる。
「おやすみ、ラルス……」
 頬かな、額かな?
 優しく額から頬をなぜて、〈唇〉にキス。
 ――え?
 一瞬、なにがなんだかわからなかったけど。
「兄さん!」
 驚いて上体を起こしたときには兄の姿はなかった。
 ボクはドキドキする胸元をぎゅっとつかんだ。

        6

「ラルス、どうした? 寝不足か? 顔色がわるいぞ?」
 甲板掃除のためフィスはモップを動かしながらボクの顔をのぞきこむ。
「な、なんでもないっ!」
 昨日ゲイル兄さんにファーストキスされたことを思ってしまって眠れないなんて、フィスにいえない。
 ――ゲイル兄さん本人にといただすのも気が引けるし、「からかっただけだ」と言われたら悲しい。
「心配してやってるのに、なんだよその態度は」
 ためいきをつきながらフィスは頭をかいた。
 そのあとも今日はうわそらでフィスに助けてもらったり、気遣きづかってもらったりしていた。
 ようやく今日の仕事もおわったころ、ボクたちのそばにゲイル兄さんがやってきた。
「フィス、水夫の生活はどうだ?」
 表向き、ゲイル兄さんはフィスを王子として扱うことはしなかった。フィスもそのことを承知しているのか、「はい」と答える。
「とても大変ですが、ラルスやカイ、みな良くしてくれて、正直楽しくやってます。そして過去の自分を愚かだと感じ恥じています」
 そのときフィスは自嘲の色を瞳にうかべ、うつむき黙った。
「そうか。では次の港まではまだ水夫として扱うが、出航の際はふたたび副官として俺のそばにいてくれるか?」
 フィスはハッと顔を上げた。
「そばにいて私の手助けをしてもらいたい」
「はい!」
 フィスは目を輝かせて深く礼をした。
 ゲイル兄さんはどこか嬉しそうに微笑んでさっそうと船室に向かう。
 ボクはじっとゲイル兄さんの背を見つめるフィスの頬をつたう・・・ものを指摘した。
「何泣いてるの?」
「泣いてなんかいない! やっと、水夫でなくなるとおもってのうれし涙だっ」
「もう、意地っ張りなんだから、本当にそうおもってる?」
「……おもってるわけ、ないだろう」
「ははは、王子ってあまのじゃくなのか素直なのかわからないね! 案外貴重な人間かも」
 ――そうそういないし、と続けようとした刹那、ボクは無造作に散らばっていた基材に足を引っかけて倒れそうになった。目の前には無数の釘が散らばっていた!
「危ない!」
 フィスは慌ててボクの腕をとって強く引っ張る。その勢いが強すぎたのか今度は仰向けに倒れることになって、ボクはフィスを下敷きにしてしまった。
「いったーい、」
「それはこっちのせりふだ、……早くどけ」
「あ、ごめんフィス王子って、どこさわってるのよバカ!」
 フィスがボクの胸をつかんだことに驚いてて思いっきり叩いた。
 押し返そうとしての行為だったとおもうのだけど許せない。
 フィスはつかんだ手をみつめて呆然と呟いた。
「あ、そうかお前…女だったんだ」
「なにぉ! いままで男としてボクにせっしていたの!」
 フィスは顔を真っ赤にして視線を流す。
「男女なんて…気にしてなかったから」
「なんか、今日はいつもの逆だね」
 そばにいたカイが苦笑しながらボクたちをみつめる。
「え?」
「だってさ、いつもだったらラルスが王子を心配してるのに今日は王子がラルスを心配しているんだもの」
「そうかも……」
「……」
「ま、とりあえず、よかったねフィス、」
 ボクはおきてフィスに手をさしのべる。
 フィスは手を取って起きようとしたけれど、ボクの手をみて目をしばたたいた。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
 ためらいがちに手をとってフィスは起きあがった。

        7

 ボクはため息をついて額に昇る汗を手の甲で拭った。
「また夢――。最近はあまりみなくなったのになぁ……」
 もう一人のボクと別れ離れになる夢。
 その夢をみると汗を全身にかいて目覚めてしまう。
「兄さんがいけないのよ。お休みのキスをしてくれないから!」
 といっても、ボクの方が照れちゃって、「今日は、いい!」
 と否定してしまったからだとおもうけど。
 思い返せば、兄さんを想って眠れたから夢にうなされなくて済んでいたのかもしれない。
 船は確実に東国アスリアに向かってる。
 風に乗っていけば半年も経ずにたどり着く。
 ――ボクは東国アスリアで何をしたいんだろう。
 見に行きたいといったことは本当だけど。
 でも根本的なところは、ボクの片割れの行方を知りたい……。
 生きているのか、
 ……死んでしまっているのか。
 そしてあのとき何が起きたのか……。
 ボクはこうして家族に、みんなに囲まれてしあわせに生きている。
 ――でも、君は?
 しあわせに、暮らしているのだろうか?
 ボクは火照る身体と気持ちをさますために肩掛けをもって甲板にあがった。
 錨をおろして船は海上で止まっている。
 船上では松明がともされて、ほのかに明るい。
 火の粉が爆ぜる音と、穏やかな波が船体を押し寄せる音が支配する。
 そして空には月が皓々と輝き紺色の天に星々が広がっていた。
「きれい、まるで宝石のよう」
「……ラルスか?」
「え?」
 ふり返るとフィスが驚いた表情をうかべ船縁のそばに立っていた。
「フィスも、眠れないの?」
「そんなところだ」
 ボクはフィスのそばにいき、月を映す海を何となく見つけた。
「ラルスは、どうして船に乗っているんだ?」
 唐突な質問にボクはちょと戸惑ったけれど、揺れる海の月明かりを見つめながら答える。
東国アスリアを見てみたいからかな」
「東国を?」
「ボクはみてのとおり東国人アストリアでしょ? ボクはお父様に拾われるまで東国アスリアのギルドに預けられていたんだ。でもその前の記憶があるの。――ボクは双子だったんだ」
「双子?」
「うん。今日も片割れと引き離される夢をみた。夢なのにとても苦しくて痛い、夢。
 その夢を解決させるために、東の国へいってみたかったの」
「そうだったのか」
 ボクはフィスの顔をみつめる。
 複雑な表情をみつけてボクはあわてて付け足す。
「あ、べつにそのボクの過去の話をきにしないでいいからね」
「なにをいっている? どうしてラルスの話を私が気にしなくてはいけないんだ?」
 憮然と言われてボクはがっくりきた。
「もーかわいくないなぁ」
 フィスは天の月をじっと見つめて呟く。
「船には、いろいろな者が乗ってるんだな……、船乗りたちの想いものせて」
「フィス」
「最初私は、自分のことしか考えられなかった。
 副官としての任を果たそうとしてて。
 だからあの日、水夫として過ごすよういわれたとき、私を覆っていた何かが取り払われてしまったんだとおもう。
 それでも水夫の仕事をこなしていけば、また提督のそばにいられるとおもった。
 そのときから、なぜか周りが見えてきた。自分が焦っていたことやみんなの気持ちを考えていなかったこと。
 ――私は自分のことしか考えていなかったとを知って正直落ち込んだ。
 でも船乗りたちやラルスもカイもいてくれたし、久しぶりに心が解放される気分だった。王子としてではなく〈一人の人間〉として扱われることが、嬉しかった。
 ――王宮ではれ物に触るような扱いだったからな」
「フィス……」
「今日、また副官としてそばにいて欲しいと提督に言われたときとても嬉しかった。
 けれど同時になぜか寂しく、怖くなった。みんなによそよそしくされるとおもうと」
「たぶん、そんなことにならないと思うよ。みんなフィスを理解できたし、フィスもみんなを理解した。その間に一つ生まれたものがあるよ。それは信頼」
「信、頼?」
 ボクは頷いて。
「以前、王子・・はボクたちのことよくわからなかったし信頼なんてしてなかったでしょ? ボクたちも王子のことをしらなかったからさ信頼感なんてなかったけど、いまはお互いのことを思いやることができる。
 それってすごい変化で素敵な事だとおもうよ」
 フィスは驚いたように目をみはり、しだい微笑んだ。とても魅力的な微笑みで。
「そうだな」
「そうよ」
 ふたりクスクスわらいあって、空を見上げた。
 薄雲がかかりはじめ、月明かりがかげりはじめる。でも、それも風情があっていい。
「ラルス、ありがとう……」
「え?」
「なんでもない」
 首を振っていう。
 でもボクは何となくわかったので微笑みを返した。
「そろそろもどろうかな?」
 身体が冷えてきてくしゃみが出そう。
「では私が部屋までおくる」
 そういって手を差し伸べる。
「ありがとう、王子さま」
 あまえて手をとると、フィスはじっとボクの手を見つめた。
「この手、どうした?」
「え? 仕事で傷つけて、たいしたことないよ」
「……女の手はもっと柔らかで艶やかだ」
「わ、わるかったわね、傷だらけで!」
「そうじゃない。怒るかもしれないけど、哀れで…」
 そういうと、フィスはボクの手にキスをした。
「ちょと、フィス!」
「おまじないだ」
「おまじないぃ?」
「うん、こうして騎士ナイトのキスをもらった女は傷つくことはないと言う」
「だ、誰から教わったのそれ?」
 王子は傷のある手に軽く唇を押しつけながらいう。
「母さまからだ。父さまに、こうやってキスされた手は二度と傷つくことはなかったといっていた」
「ふーん…」
 フィスはそういうの信じる方なんだ。
 恥ずかしいけど無碍にはできないので、されるがままにしておいた。
 けれど、フィスはハッとして顔をあげると、ボクを背にかばい、シミターを抜きはなった。
「そこにいるのはわかってる出てこい!」
 王子は声をあげて帆柱ほばしらの影にかくれている者に命じた。
「色気ついたガキが、気づいていたか」
「ああ」
 フィスは低くいい、出てきた男を見据える。
 ――フィスが決闘をうけて怪我をさせた水夫だった。
 でもおかしい、ドクターの話では前の港で下ろしたってきいたのに。
「ずっと殺気だった気配は感じていた。
 でも手出だしできなかったのは私のいつも私はそばに人がいたからだろう?」
「ああ、やっと一人のところをねらえるとおもったがラルスちゃんが邪魔するからな。
 俺の雇われ期限があるからその間に王子を始末しないと報償ほうしょうがもらえない。
 ラルスちゃんには悪いが一緒に死んでもらう」
「……そんな」
「安心しろラルス。私が守るから」
「王子」
「王子じゃない、騎士ナイトだ」
 いうやフィスは駆けて暗殺者の間合いを縮める。
 暗殺者が首を防御しなかったらすでに首をはねられていただろうがギリギリかわした。
「さすが、王子。だがこれからが本番だ!」
「!」
 暗殺者はフィスの剣を押し退かせる。そして腰に下げた大剣カストラを抜刀して襲い繰る。
 空を切る大剣カストラはフィスの胸元をさいて、傷を負わせた。
「っつ!」
「フィス!」
大剣カストラの間合いを甘く見たな、王子。シミター同士の戦いには慣れていても大剣カストラとはなれてないようだな」
 男は狂気的な笑みを浮かべていう。
「油断しただけだ、」
 フィスは不敵に言い、再び駆ける。
 数合撃ち合い、刃と刃が磨り、金属音が高くこだまする。
 王子の剣捌きも並ではないが、怪我をしているというのに暗殺者の方も動きに無駄はない。
 ――しかも利き腕ではない方で大剣だいけんを操っている。手練てだれだ。
 早く息が上がったのははフィスの方だった。
 血が胸元を流れ服を濡らしていた。
「そろそろとどめと行こうか」
「だめ!」
 ボクはフィスのもとに駆けて両手をひろげて盾となる。
「ラルス!」
「殺させはしない!」
 吃と眼差しを暗殺者にすえる。
 そしてボクは、あるもの・・・・に気づいてくすり不敵にわらった。
「なにを笑う。おれは女を殺すのに躊躇はしない」
「どうぞ、やってみたら?」
 ボクの挑発的な口調が気に障ったのか、口元をゆがめて大剣カストラを構えてかける。
 しかし銃声じゅうせいとどろく方がはやく、弾丸が暗殺者の心臓を貫いた。
「な、に……」
 暗殺者は信じられないと、血を吐きながら背後ふり向く。
 そこには冷ややかに拳銃を構えた兄さんの姿があった。

         8

「大丈夫ですか、王子?」
「提督、みていたんですか?」
 ゲイル兄さんは王子の傷を拭い、裂かれた傷の具合をみながらながら頷く。
「どこから」
 疑いフィスは訊くけれどゲイル兄さんはこたえない。
 そのかわり、
「かっこよかったぜ!」
 突然ランタンの明かりがパッと一斉にうき甲板を照らした。
 そこには船乗りのほとんどがいて、おのおの獲物をもっていた。
「さすがは騎士だったぜ、フィス坊!」
 みんなが歓声をあげてボクたちの周りをとりかこむ。
「――も、もしかして、全部見ていたの!」
 ボクは驚いて声をあげる。
 王子も同感だったのか驚いた表情をして、
「どこから?」
 とふたたび訊ねた。
 すると一人の水夫が襟首をかきながらこたえる。
「――王子が突然いなくなったからよ、みんな心配でさがしていたんだ」
「そしたら、ラルスちゃんと良い雰囲気じゃねえか」
 みんながニヤニヤした表情を浮かべる。
「い、良い雰囲気って?」
「手の甲にキス」
 みんなが一斉に答えた。
 ボクは恥ずかしくなって顔が熱くなるのがわかったけど、王子は首をひねり、どこが良い雰囲気なのか理解に苦しむと言ったようだった。
「と、と、とにかく、ぶ、無事で良かった!」
 そこまでいい、突然、寒気がおそって、くしゃみが立て続けにでた。
「大丈夫か、ラルス?」
 ゲイル兄さんは自分が羽織っていた外套をボクの肩にかけて、そしてボクを抱きかかえた。
「熱っぽいな」
 唇で額の熱を感じ取っていい、船乗りに命じる。
「フィス王子を医務室につれていき、あとのものはその男の葬儀をたのむ。――海で死んだのだ、ここの海にねむらせてやれ」
「アイサー」と皆がいい、その声を背にボクを寝室に運ぶため、兄さんは甲板をおりていく。
「……いつ、気づいていた?」
「え?」
「俺たちが隙をうかがっていたこと」
「うん。かがり火に兄さんの拳銃の輝きがみえたから、だから信じて盾となったの。
 ――というのは建前、かってに身体が動いてた」
 ドキドキとなる胸元をつかみつつ、思い返す。
 フィスの盾となったときと同時に兄さんがいるのを感じた。
 きっと兄さんが助けてくれるとおもったから、屹然といられたんだ。
「兄さん格好良かったよ。とっても」
「いや、フィス王子のほうが男らしかった。皆に迷惑をかけず一人で暗殺者を片付けようとするところや、お前を守ろうと必死だったところ。さすがはラルスの騎士ナイトだ」
「ち、違うもん!」
「照れるな、照れるな」
 ははは……と兄さんは声をたててわらう。
「て、照れてなれていないもの」
 ――そう、ボクにとっての騎士ナイトはゲイル兄さんだもの!
 それに。
「ボクはフィスを助けたんだから、ボクこそが騎士だよ」
「女騎士ってところか?」
「そう! 女騎士!」
 兄さんは不敵に笑い、ボクも不敵に笑い返した。
 
        9

 それから無事、港につきフィスは再び副官の職に戻ったけど。
 ボクは『風邪』をこじらせてしまって、しばらく港に滞在することになった。
 さわやかな潮風に誘われるようにして目を覚ましたボクは背伸びをしつつ、窓辺から街の風景を描きとめるカイに訊ねた。
「おはよう、カイ。兄さんたちは?」
「港で情報集めとか交易品かいにいってる――だいぶ元気になった?」
「うん、だいぶ!」
「ならよかった」
 にっこり笑いながらカイは今まで描いてきたすばらしい絵をボクに見せてくれた。
 そのときトントン、とノックの音。
「失礼していいか?」
「フィス? どうぞ」
 フィスは綺麗な花束をもっておとずれたからボクは驚いてしまった。
「どうしたの、それ!」
「みての通りの花束。病人におくるのは定番だときいて」
 ――もう治ったんだけど……、と言うのは辞めていこう。
「ありがとう、フィス」
「あ、ああ……具合は、どうだ?」
 心配そうに訊ねるのでボクは明るく答えた。
「だいぶ良くなったよ」
 そういうと、フィスの顔が明るくなった。
「なら、三人でこの街の祭りへ行かないか?」「お祭り?」
「ああ、今日は海神祭で港をあげて大きなお祭りらしい」
「行く!」
「だろうとおもって、これ」
 フィスは綺麗なアクアマリンの宝石がついた首飾りを包みからとりだしてみせた。
「わぁ……綺麗」
「女はこの首飾りをつけて参加するのがしきたりらしい、失礼する」
「フィス?」
 フィスはおもむろにボクの首に首飾りをさげてくれた。
「似合ってる。よかった……」
「う、うん」
 ……なんだか、フィス優しい。
 ボクはこのとき、この首飾りの意味やフィスの行為の意味がわからなかった。
 それはともかく、ボクたちは久しぶりのお祭りを十分楽しんだ。

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